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高松高等裁判所 昭和55年(ネ)175号 判決

控訴人 青木茂

右訴訟代理人弁護士 加藤龍雄

右訴訟復代理人弁護士 矢野隆三

被控訴人 岡本亀格

右訴訟代理人弁護士 一色平格

被控訴人 中国工業株式会社

右代表者代表取締役 原幸夫

右訴訟代理人弁護士 中村節治

主文

一、原判決を取り消す。

二、被控訴人岡本亀格が訴外イガヤ株式会社に対する松山地方裁判所昭和五四年(ヨ)第一三一号債権仮差押決定正本に基づき同年五月二三日原判決別紙目録記載の請負代金債権のうち三〇〇万円についてした仮差押えは許さない。

三、被控訴人岡本亀格が訴外イガヤ株式会社に対する松山地方裁判所昭和五四年(ヨ)第一五二号債権仮差押決定正本に基づき同年六月一一日原判決別紙目録記載の請負代金債権のうち二〇〇万円についてした仮差押えは許さない。

四、被控訴人中国工業株式会社が訴外イガヤ株式会社に対する松山地方裁判所昭和五四年(ヨ)第一六〇号債権仮差押決定正本に基づき同年六月一八日原判決別紙目録記載の請負代金債権のうち一六五万二五〇〇円についてした仮差押えは許さない。

五、訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示の通りであるから、これを引用する。

(当審における証拠関係)〈省略〉

理由

一、債権者を被控訴人岡本、債務者を訴外イガヤ株式会社(以下訴外会社という。)第三債務者を財団法人愛媛県農業開発公社(以下公社という。)とする松山地方裁判所昭和五四年(ヨ)第一三一号債権仮差押事件について、原判決別紙目録記載の請負代金債権(以下本件債権という。)のうち三〇〇万円を仮に差し押さえる旨の決定、同当事者間の同庁同年(ヨ)第一五二号債権仮差押事件について、本件債権のうち二〇〇万円を仮に差し押さえる旨の決定、債権者を被控訴人中国工業、債務者及び第三債務者を右同様とする同庁同年(ヨ)第一六〇号債権仮差押事件について、本件債権のうち一六五万二五〇〇円を仮に差し押さえる旨の決定がそれぞれなされ、これらの決定が、それぞれ同年五月二三日、同年六月一一日、同月一八日公社に送達されたことは、当事者間に争いがない。

二、〈証拠〉によれば、控訴人は、昭和五四年五月一日訴外会社から本件債権全部を譲り受け、訴外会社は、公社に対し、前記各仮差押決定送達の前である同月一四日頃までに到達した内容証明郵便をもって、右債権譲渡の通知をしたことが認められ、これに反する証拠はない。

三、被控訴人らは、訴外会社と控訴人が昭和五四年五月二二日右債権譲渡契約を合意解除した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

四、〈証拠〉によれば、公社と訴外会社との間において本件債権につき譲渡禁止の特約がなされていることが認められ、これに反する証拠はない。控訴人は、右特約は請負人が請負工事の途中においてこれを他の業者に引き継がせることに伴う債権譲渡に関するものであって、本件はそれにあたらない旨主張するが、証拠上、右特約がそのように限定されたものであるとは認め難い。

五、ところで、民法四六六条二項は、債権の譲渡を禁止する特約は善意の第三者に対抗することができない旨規定しているので、その第三者は譲渡によって債権を取得しうるが、悪意の第三者は譲渡禁止の特約を対抗され、また、重大な過失は悪意と同様に取り扱うべきものであるから、譲渡禁止の特約の存在を知らずに債権を譲り受けた場合であっても、これにつき譲受人に重大な過失があるときは、悪意の譲受人と同様、譲渡によってその債権を取得しえないものと解するのを相当とするところ、被控訴人らは、控訴人は悪意であり、そうでなくても重大な過失がある旨主張する。

そこで検討するに、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、公社と訴外会社は昭和五四年一月一〇日公社制定の用紙により工事請負契約書を取り交したが、その契約書は、一枚目に、工事番号、工事名、工事場所、工期、請負代金額等の表示、双方が別添約款によって請負契約を締結する旨の記載及び双方並びに工事完成保証人の各記名押印がなされ、これに、極小活字で印刷された一二ページ四七か条に及ぶ長文の約款を添付した形状のもので、その約款の第六条に債権譲渡禁止の特約が記載されていたこと、訴外会社の代表者矢野誉俊は、工事の資金を確保するため、同月下旬頃、従来から融資を受けていた知り合いの控訴人に対し、複写機で作った右契約書の一枚目のみの写を交付するとともに右契約書を提示して、この通り請負契約を結んだので代金が入るから融資してほしい旨依頼したこと、控訴人は、右契約書の提示を受けてその存在自体は認めたものの、これを矢野が直ちに持ち帰ったので読んではおらず、交付を受けた右写を読んで請負契約締結の事実及び代金額を確認し、代金が裏付けとなるから融資しても大丈夫であろうと判断して、同月三〇日金四七〇万円、同年三月三〇日金三〇〇万円をそれぞれ訴外会社に貸し付け、なお、右貸付金債権の担保として、訴外会社から金二五〇万円の定期預金証書を預かったこと、その後、矢野は、右定期預金を訴外会社の資金に利用したいとして、控訴人に対し、右証書の返還方を要請したこと、控訴人は、その要請には応じてやることとしたが、この際前記請負代金をもって右貸付金債権を回収できる確実な方法を講じておきたいと考え、矢野に善処方を要求し、同人とともに公証人に相談したうえ、同年五月一日、右貸付金債権の代物弁済として本件債権を譲り受ける契約を結び、その旨の公正証書(甲第四号証の一)を作成してもらったこと、右公正証書の作成前に、公証人が本件債権の内容を明確にできる資料の提示を求めたので、矢野が前同様の契約書一枚目の写を公証人に提出し、公証人は、その写に基づき、公正証書に公社が債務者であることを含む本件債権の表示をしたのに、控訴人に対し、本件債権について譲渡禁止の特約が存在するかもしれないというような注意をしなかったこと、控訴人は、原動機の卸売りを業とする者で、公社や地方公共団体と請負契約その他の取引をした経験がなく、本件のような債権譲渡を受けたのははじめてであり、前記約款を読む機会もなかったから、本件債権につき譲渡禁止の特約が存在することを知らず、公証人が右公正証書の作成嘱託に応じてくれたので、本件債権は自己に帰属するに至ったと信じたこと、以上の通り認められる。原審証人矢野誉俊の証言中には、前記の融資依頼の際、約款が添付された前記契約書を控訴人に手交し、これを控訴人が詳しく読んでいた、という趣旨の部分があるけれども、当審証人矢野誉俊の証言、原審及び当審における控訴本人尋問の結果に照らして、たやすく信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。しかして、右認定の事実関係から判断すれば、控訴人は前記譲渡禁止の特約を知らなかったことが明らかであり、また、特に、控訴人が前記約款の交付を受けておらず、公共団体との取引やそれに基づく債権の譲受けの経験も有しなかったこと、本件債権の譲渡については法律専門家である公証人の審査を経ていることに鑑み、右の通り知らなかったことにつき控訴人に重大な過失があったとみることはできないというべきである。被控訴人らは、官公庁関係の取引に基づく債権につき譲渡禁止の特約のあることは一般世間の常識である旨主張するが、そのように断ずることは甚だ疑問である。なお、原審証人矢野誉俊の証言、原審における控訴本人尋問(第一回)の結果によれば、かつて、控訴人が、訴外会社の二か町村に対する請負代金債権につき、訴外会社の代理人として弁済を受けたことが認められるけれども、このことは、右の判断を左右するほどのものではないと考えられる。

六、以上によれば、前記譲渡禁止の特約は控訴人に対抗することができず、控訴人は本件債権の譲受けによってこれを取得したものというべきであるから、本件債権が訴外会社の権利に属することを前提としてなされた前記各仮差押えはいずれも失当というほかないので、その排除を求める控訴人の本訴請求は正当である。

よって、右請求を棄却した原判決は不当であるからこれを取り消し、右請求を認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 宮本勝美 裁判官 鴨井孝之 山脇正道)

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